私が開院した理由

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当院は父が昭和56年に開業以来、おかげさまで35年が経とうとしています。

なぜ私が父の仕事を継ぐことにしたのかをお話したいと思います。

 

中学生の頃の出来事…

日曜日の朝に急患で5歳くらいの男の子が来院しました。

普段、施術室に呼ばれることなどないのですが、その日はなぜか父に施術室に呼ばれて治療しているところを見ているように言われました。

その男の子は肘が痛いようで大きな声で泣きながら入ってきました。

手を上に上げることもできないし、肘の曲げ伸ばしも痛くてできないようです。

付き添ってきた両親もとても不安そうな顔をしています。

父は両親に話を聞いた後、おもむろに泣いている男の子の腕をつかみました。

そうこうするうちにさっきまで泣いていた男の子が泣きやんでいるのに気がつきました。

「あれ!?」と思っていると、さっきまで曲がらなかった肘が曲がっています。

さらにバンザイまでできるようになっています。

男の子と両親が「ありがとうございました…」と笑顔で帰っていく姿を見て「すごいなぁ~」と素直に思ったのを今でも覚えています。

中学生の私にとって、なかなか衝撃的なシーンでした。

 

その時、自分も接骨院をやる!と決めました…

というと美談になるのですが、実際はそうではありませんでした(笑)。

高校生になり進路を「あれにしようか…、これにしようか…」と悩みましたが、最終的にはほとんど迷わずこの道に進むことを決めました。

それは心の片隅に、さきほどの父の治療の光景があったのではないか…

と今となっては思います。

話は今に戻り…先日、男の子が急患で来院されました。やはり肘を痛がっています。

私はまだ5歳の長男を施術室に呼んで治療のようすを隣で見ているように言いました。

治療が無事に終わるとふたつの笑顔がそこにありましたとさ…。

 

私が柔道整復師(接骨院)になるまで

柔道整復師(接骨院をするための国家資格)を得るために石川県の金沢市にある「北信越柔整専門学校」に入学しました。

新潟県立八海高校を卒業したての18歳の春のことです。

慣れない寮生活、体育会系の厳しい上下関係に耐えられず何度も逃げ出しそうになりました。

そんな時、私を支えてくれたのが友人達でした。

一緒に泣いて、笑って時には喧嘩したこともありました。

でも、今では全部いい思い出です。

あの経験がなかったら今の私は無かったとさえ感じています。

その友人達も今や皆、全国各地で開院し頑張っています。

そして2年に一度、集まりそれぞれの近況を報告しあっています。

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施術を通しての社会貢献

まだまだ勉強中の身ですが、ようやく自分の目指す形が見つかりました。

それは私の持っている知識や技術を総動員してたくさんの方々に還元する、施術を通して社会貢献するというスタンスです。

南魚沼市に限らず魚沼市・十日町市・湯沢町・長岡市など様々な地域のみなさまに愛され続けるために 技術の向上にも力をそそいでいきます。

これからも変わらぬ思いで初心を忘れず、日々の診療にあたっていく所存です。

よろしくお願いいたします。

神保接骨院・神保貴雄

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